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2019/06/06【池袋】言霊語り

番組を聴く 一時停止

第9回 願い

≪スピリチュアルな社会≫



【社会にスピリチュアルが必要な理由】

平和への祈りとともに始まった『令和』という時代。

それにもかかわらず、川崎市多摩区登戸新町の路上で、スクールバスを待っていた私立カリタス小学校(同区)の児童ら計19人が刃物を持った男に次々に刺されるという事件が起きた。

また一方では、日本維新の会の丸山穂高衆院議員(大阪19区)が北方四島の返還に関連して「戦争しないと、どうしようもなくないですか」などと発言したことが問題となり、議員辞職の大合唱のあげくの果てに、ご本人は適応障害との診断とのことで対外的な活動はしなくなった。


(魂レベルでの視点)

児童を狙った殺傷事件と精神的な未熟さからくる暴言をした国会議員、この二つには根底に隠れるテーマ、それはスピリチュアルという視点から何を我々は見極めていかなければならないのか、そしてそれは人間社会において何を意味していくのか、魂レベルで大事な視点があると思われる。



ワイドショーなどの内容を見ていると、犯人の生い立ちは両親の離婚により叔父夫婦に引き取られ、同じ年齢の従妹と一緒にいたが彼だけが効公立に通い、従妹たちはカリタスに通っていたとのこと。

そのために、彼は孤独と挫折を感じ、ついには復讐劇として痛ましい殺傷事件を起こしたと、だから彼の精神は病んでいて最悪だったと指摘する。そしていつも同じような結論として、このような事件が起きないためには今後どうしたらよいのでしょうか。

今までこのような事件は沢山あったにもかかわらず、この令和の時代になっても起きてしまう。本質的に何が解決されていたのだろうか、行政は沢山の手当てをしているが、どれが有効であり、どれが的外れの議論なのか、我々はこのような事件が起きない限り知る由もない。

行政という視点ならば、国会議員は立法府を預かる構成員であろう、その重要な人物が戦争というキーワードを公然の場で発言する。そこが酒宴の席であり、ノービザという待遇で出向いていたという状況は関係なく、この人物の根底に何があるのかだ。

この議員のプロフィールを見ると、東京大学経済学部卒業→経済産業省勤務→財団法人松下政経塾(第30期生)→日本維新の会衆議院大阪19区支部支部長、衆議院議員当選となっており、今どきの政治家としては無駄なく完ぺきに上り詰めている。そして趣味も、「座禅」ということで年齢の割には熟成した人間力をアピールしている。

ここで前回の東京大学名誉教授の上野千鶴子氏の祝辞を思い出してほしい。「がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだった」まさにこのことをリアルに伝えることがらではなかったか。

「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとをおとしめるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください」という言葉がさらに彼の今までの在り方を表している。

政治にスピリチュアルを求めることなど考えてはいないが、大事なことは我々国民が「エリート」という言葉に全幅の信頼を与え、優秀な人間であれば間違いないという多くの人に内包する依存主義に対してスピリチュアルレベルでのチェックは必要なのではないか。

国家を戦う集団だと考えれば戦争は当たり前のように前提としてあるが、戦争そのものがただの人殺しで何世代も遺恨となるという理解ならばあってはならないこと。学問を出世の道具とするのか、それとも人々の豊かさを作り出して愛に充たされた社会をつくるのか。学問はそれを扱う人によって、悪にも善にも変貌する。


(平和へのヒントはスピリチュアル)

スピリチュアルは現代社会における精神的な避難地帯でもあり、平和な時代をもたらすための気付きでもある。社会における環境は人々のためにあってほしい、そして戦争は二度と起きてほしくないのである。



登戸の事件に話を戻しながら、この二つの出来事のスピリチュアル的総括をすれば、共通することは両者が精神的に未熟であり、言動も行動も自分ではコントロールできない。社会的な意味では単純に不適合者として烙印を押されて終わってしまう人間であるということ。

ところが、一方は51歳まで引きこもり、もう一方は東大をはじめとしたエリートコースを進んでいる。引きこもり状態で何もできなくなった者はエリートコースを進むものを恨み、エリートコースにいる者は負け組たる者を敗者と決めつけさげすむ。

スピリチュアルとは愛そのものであり、その在り様は女性的だ。人としてのやさしさや赦すという大きな心の許容範囲を母性によって伝える。現実的には違うというところもあるだろうが、人間が持つ愛というイメージはそのようなものだと思う。

では、この両者には愛が与えられることがなかったのだろうか、同じ血を受け継ぎながら全く異なる扱いを受けること、あるいはエリートコースに着くことこそが親孝行であり、両親の求めるものであったか、真相は分からないが少なくても一方的に現実や生き様を押し付けられて、愛のかけらもない道筋を自ら選ばされていた。

そのようにも思えるせつなさ、やったことは許されないことだが誰でも良いからこの子たちに自らの手で自らの救いを手に入れる気付きを与えることができたならば、このような非人道的な行為や言動は起きないのではないか、突き詰めればスピリチュアルの世界において表現される潜在意識の世界こそ、令和の時代の平和への願いをかなえさせる要素があるのではないかと思う。


(気づきと引き寄せの法則)

哲学者であるナポレオン・ヒルは、『思考は現実化する』と伝える。これは彼自身が多くの成功者の哲学に触れることによって導き出された一種のゴールデンルールを一言で表現したもので、ビジネスやスピリチュアルの世界で言われている「引き寄せの法則」と同じものだ。



例えば、背が高く力持ちの人が勝負に勝つのではない→背が小さくすばしっこい人が勝つ訳でもない→「私はできる」そう思った人が結局は勝つのだ。という彼の論理展開から分かるものは、そもそも人間は自分が思ったとおりの人間になれるのであるから、自分が考えているような人間になるために潜在意識から変えて行動することが重要だということ。

他人の批判を恐れ、人生を台無しにするより、自分の信念のためなら、他人からの批判を恐れず、決してあきらめない選択をした人の方がはるかに価値のある人生を送ることができる。

不運や一時的な敗北という逆境は、チャンスなのだから自らの信念を信じて行動していくことが成功するためには何より重要。不運はひっくり返せばそのままチャンスになるのだから、それに気づかず挫折してしまうことは自分の生まれてきた使命を放棄するようなもの。

一般社会において、KY(空気を読め)は必要なことかもしれないが、自分が逆境になったときはむしろこの考え方は周りの目を気にしすぎてしまうことになり、自分でも気づかぬうちに挫折をしてしまう。

今ここで問いかけたいことは、
結果ばかりを求める社会に何の価値があるか、結果ばかり求める人生に何の意味があるか、
ということ。

「自分には、そんな勇気はない」「絶対にうまくいくはずがない」と自分が思っていると、実際にそのようになってしまう、しかし実はそれは自分以外の誰かが野心のためにあなたの潜在意識を書き換えてしまった結果かもしれない。

根拠がなくても自信を持ち、意欲的な目標を立てれば、明日は今日よりもはるかに前進する。そして、それに向かった計画を立て自分が日々成長する積極的な生き方ができるようになるはずだ。

不運にも、この二つの事柄は自分自身の潜在意識が自分以外の人達の手で書き換えられてしまって、自分で自分を見出すことができなくなってしまったが故の結果だと思うが、これを発達障害とか適応障害とかいう言葉片付けられるのか。

社会の中におけるスピリチュアルの重要性は、クライアントのガイドの姿を見たり聞いたりすることではなく、そのクライアント本人が入り込んでしまった闇に光をかざし、ガイドの存在を知らせることによって、本来生きるべき道を自分で気づかせるキッカケを与えることだと考える。 


 



 
 

 

 



 
 

☆増子豊彦☆





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パーソナリティ 増子豊彦
アシスタント 三角メイ
公開日 2019/06/06
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